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逆立ちしてます

暮らしぶり 暮らしぶり-そぞろごと

お蔭さまで、こどもたちの風邪やら溶連菌やらは収束しつつあるのだけど、それとは別に考えごとをしたり妄想したりで地味に睡眠不足と肩こりが続いていて、精神統一と肩こり解消のために逆立ちしてます。逆立ちと言っても壁倒立ですが。こどもたちがいない時に。ちょっとスッキリします。


最近、つくづくわたしは思考や感情を言語化するのが下手だなあ…と思っていて、例えば、「なんだか嫌だなあ…」と思うことや人。「どうして?」「どこが?」「どんなふうに?」「どのくらい?」と訊かれても説明できないことも多々あります。心理学のシャドーとか投影ともなんか違う。

そして、説明できないその感情は、はなからろくに取り合ってもらえず、なかったことにされてしまうとか、分析しようとすればするほど、言語化しようとしすればするほど、誰かに言い負かされて自分のものでなくされてしまうとか…あくまでわたしの場合ですが、そんなことも多々あるように感じます。

そもそも「嫌い」という感情を持つことは嫌だし悪いことのような気さえするから、取り合ってもらえなければ「そう思うのは変なのかな…ズレてるのかな…」と思って我慢、心理について学べば「そうなのかな…そうかもしれないな…」と思って自分を変えようとするか、やっぱり我慢。


でも、誰にも取り合ってもらえなくても、その感情がなかったことにはならないし、心理学者やなんかに「いやいや、あなたが違うと言っても、深層心理ではそうなんですよ(笑)」とか言われてやっぱり取り合ってもらえなくても、違うものは違う!と思うなら、説明できないけれど「なんだか嫌だなあ…」は「なんだか嫌だなあ…」で少なくともわたしにとっては正解(?)なのではないのかなあ。

思考や感情を掘り下げて言語化する必要がある人もいるのかもしれないし、それができるならしたそう方がいいような気もするのだけど、わたしの場合、その段階にないのか、そういうことに異常に時間がかかるか、できない種類の人間というのがいるとしたらそれなのか、なんなのかよくわからないけれど。


散々、好きなものもない、したいこともないと言ってきたけど、そんなこんなで「嫌い」を受け入れていないから「好き」がわからないのではないかなあ…とか、そんなことを逆立ちしながら考えました。


これまでずっと「嫌い」と思うことは(悪いことではないと言われても)とてもいけないことのように思って、何かあるとすぐ「嫌い」と思ってしまう自分が嫌いで嫌いで仕方なかったのだけど、ちょっと受け入れてみようかな…と思ったりしました。